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東平の大マンブ、小マンブと第三通洞 [別子銅山]

別子山中の鉄道というと、明治時代に建設された上部軌道が有名ですが、こちらは東平から第三通洞、日浦通洞を経て嶺南(旧別子山村)の日浦まで通じていた鉄道のお話です。もっとも「鉄道」といっても鉄道事業法(当時は地方鉄道法)や軌道法に基づく鉄軌道ではなく、鉱山によくあるトロッコのようなものでしたが、昭和13年から客車による旅客運送を始めたため、嶺南の人たちが新居浜へ出る際の重要な交通機関となりました。

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東平の停車場を出た列車は、まず「小マンブ」と呼ばれる短いトンネルに入ります。
このトンネルには機関車や貨車が保存されており、誰でも中に入ることができます。


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小マンブを抜けると、しばらく川に沿って進みます。路盤の跡らしきものが残っていました。


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そして、比較的長大な「大マンブ」に入ります。
正確な縮尺の地図を持ち合わせてないので長さははっきり分かりませんが、数百メートル級と思われます。こちらは金網で閉鎖されています。


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カメラで中をのぞき込むとこんな感じです。


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こちらは別子山方。トンネルを抜けると旧採鉱本部などが広がる平地に出ます。


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この杉林の当たりに採鉱本部などの要部があったようです。
平地の広さを考えると線路も相当程度引かれていたと推測されます。
この後、鉄道は第三通洞に入ります。


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第三通洞の長さは1820m、中で日浦通洞(長さ2121m)とつながっており、合計約4kmのトンネルを抜けると嶺南、旧別子山村の日浦地区へ出ます。


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もちろん今は入れませんが、地熱と湿気の混じり合った空気が坑内から噴出していました。
ちなみに第三通洞と日浦通洞の交わる場所は別子銅山本床であり、そこから立坑を通じて採掘現場へとつながっています。




※矢印の位置は第三通洞の坑口
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